【物流リーダー必勝のマインドセット:eBook第1集】

< 目 次:eBook第1集 >

表紙・・・・・・・・・・・・・・・・・・2
ご挨拶(蓮の花)・・・・・・・・・・・・3
受取の法則・・・・・・・・・・・・・・・4
ビジネスを大きくしていく方法・・・・・・5
三国志ベストシーン・・・・・・・・・・・6
三国志ベストシーン(2)・・・・・・・・8
三国志ベストシーン(3)・・・・・・・ 10
創造性の高さ・・・・・・・・・・・・・ 12
創造的であるためには・・・・・・・・・ 13
市場原理にあるもの・・・・・・・・・・ 14
デフレ時代の生き方・・・・・・・・・・ 15
大きな仕事を為すには・・・・・・・・・ 16
大きな仕事を為す極意・・・・・・・・・ 17
白紙にしてみる・・・・・・・・・・・・ 18
温故知新・・・・・・・・・・・・・・・ 19
組織力を高める・・・・・・・・・・・・ 20
参謀の見つけ方、育ち方・・・・・・・・ 21
参謀の仕事とは・・・・・・・・・・・・ 23
日本軍学の系譜・・・・・・・・・・・・ 24
自己暗示・・・・・・・・・・・・・・・ 25
急所を蹴り上げる・・・・・・・・・・・ 26
パットン将軍について・・・・・・・・・ 27
私に続け!・・・・・・・・・・・・・・ 28
自らの危険をかえりみない・・・・・・・ 29
挫折からの立ち直りの早さ・・・・・・・ 30
すべてが戦場なのだ・・・・・・・・・・ 31
逃げるな・・・・・・・・・・・・・・・ 33
軍人魂を継ぐ者・・・・・・・・・・・・ 34
指揮官は指揮官を演じる・・・・・・・・ 35
空き倉庫プロモーション・・・・・・・・ 36
プロジェクトの不確実性・・・・・・・・ 37
失敗を弁護する・・・・・・・・・・・・ 38
日記を書こう・・・・・・・・・・・・・ 39
セールスは創造だ・・・・・・・・・・・ 40
創造的でありたければ何をすべきか・・・ 41
“話す”ことの意味・・・・・・・・・・・ 42
目指そう!マイクロニッチ市場・・・・・ 43
貿易立国の意地・・・・・・・・・・・・ 44
ドラマ『家族のうた』で見えるもの・・・ 45
プロジェクトに秘められたもの・・・・・ 46
WBSの魔力・・・・・・・・・・・・・・47
お問い合わせ先・・・・・・・・・・・・ 48

1


2

ご挨拶(蓮の花)

E-Book 『物流リーダー必勝のマインドセット』 をダウンロードいただき、ありがとうございます。
同文は、2011年後半~12年まで、アメーバブログに連載した、ブログ『物流展望』からの抜粋です。

今、世界は、もちろん物流を含む世界ですが、未体験の危機感のさ中にあります。
だれがこの状況を招いたかといえば、それは、一人ひとりの思考・考え方です。
とはいえ、人間の弱さには同情したくないのです。自分がそうだから。。
それなのに私は、ほんものの人、ほんもののリーダーを求めたくなるのです。
ヒーローではない、物流センターの一員として、
・部下を咤激励しながら、かつ、
・業務と顧客に挟まれながら、
・より厳しく自らを鍛えている
人がいるのです。
そういう人に、贈ります。

古河市総合公園にて
3000平米を超える一面の蓮池。今が見所。
古代の種を再現した大賀先生にちなんで。

ロジスティクス&ビジョン 代表 江島裕

3

受け取りの法則

ジェームススキナーの大ベストセラー『お金の科学』を読ませて貰った。

わたしは現在、物流コンサルともうひとつ、「私塾」というのを推進しているが、そのヒントを得たと思った。
それは第3章「受け取りの法則」を読んだ時、琴線に触れた。

それで今回はその核の部分を、著作権に触れない程度でご披露いたしましょう。

・・・・・
成功とは、思いの力で引き寄せた宇宙の富を、仕事の力で受け取ることである。
どんなに理想を思い描いても、受け取るために動かなければ現実化しない。
それが成功するための、巨万の富を築くための原理原則だ。

そして仕事をするとは、準備をすること。
相手のニーズ、ウォンツに合わせて準備しておくことだ。
準備したものが、あるときチャンスに恵まれる。
そうしてはじめて幸運が訪れるのである。
基本的に、その日にやれることはすべて行うこと。
力の及ぶ限りの種蒔きをすることだ。

では、受け取りの法則、富の総量は何で決まるのか?
それは単純な公式である。
富の総量=X×Yだ。
Xは引き寄せの法則、つまり思いの力だ。
掲げた夢、理想、目標のことである。

Yはスキナー氏によれば、あなたがどれだけ社会に関わっているか、その度合いだという。
社会にとって価値のある仕事に従事すること。
それは高邁な仕事をせよと言っている訳ではない。
あなたの現在の仕事に、社会貢献という新たな面を発見することだ。
そうして社会との接点を、どれだけ新たに作り出せるかということだ。
・・・・・
この発見と仮説検証が、「見える化」の骨だ。
何だか私の仕事の社会的意味も見えてきて、胸が熱くなった次第である。

ということで、スキナー氏の受け取りの法則は、まだ続くぞ。!(^^)!

4

ビジネスを大きくしていく方法

ジェームス・スキナーの『お金の科学』~受け取りの法則から、前回に続き抜粋させて頂く。
ここでは大きなビジネスを作る方法を説いている。
・・・・・
物質は無限である。
思いの振動によって物質は、さまざまな形をつくる。
だから私たちは、何ひとつ遠慮することはない。
神のごとく、大きく望むことである。

まずは大きな目標を持つことだ。
それに目標は自分の中に宿っている。
つまり大きな目標はそれだけ大きな人間でなくては抱けない。
それが大きなビジネスが、大きな人間によって築かれる所以だ。

また、大きなビジネスは大きなアイデアから生じるもの。
私たちはできるだけ大勢の人を助けるためのアイデアを持とう。
実はアイデアは大宇宙の至る所に蓄積され、ビジョンを持つ人がそれをダウンロードし、人類のために実行してくれることを待っている。
それを信じ、それを願うことだ。
※アイデア自体はまったく無料!

そしてアイデアの一端でも降りてきたら、それを試してみよう。
ほかの人が共鳴してくれるかどうかを見よう。
大きなビジネスは、他の大きな人の協力を必ず必要としてくる。

「見える化」と「仮説検証」、それに「巻き込み」は私たちの仕事。
すなわち、受け取りの法則である。

繰り返すが、人類のニーズに応えよう。
社会が抱える大きな問題の解決に働きかけよう。
・・・・・
志(こころざし)を持つことの大切さは、そのことに由来するのだろう。
スキナー氏は小さいビジネスなんてありえない、大きいビジネスを狙えと言っている。
何故なら、「そのほうが簡単だからだ」と。

5

三国志ベストシーン

三国志が再燃している。
マイブームだが。。f^_^;)

私の場合、吉川三国志が定本となっているから、他の著書を読んでも、映画・ドラマを見ても、そりゃ違うだろと突っ込んでしまう。
それでも今回は私の選ぶベストシーンを3つ、ご紹介しよう!!
・・・・・
新野の牧となった劉備は、水鏡先生(司馬徽)の許を訪ね、そこで、徐庶と出会う。
劉備はたちまち徐庶にぞっこん惚れ込み、軍師として採用した。

その頃、荊州国境近くは曹操の従弟・曹仁が固めていた。
曹仁は劉備が兵の鍛錬をはじめたことを聞くと、放っておいては後々厄介になると考え、部下に5千の兵を与え攻めさせる。
対する劉備軍は総勢2千。
徐庶はこれがはじめての実戦指揮であった。
それでも彼には勝利への理由なき確信があった。

曹仁の部下は徐庶の張ったワナに巧妙に誘い込まれた。
分断され、あっという間に討ち取られてしまう。
将を失った兵たちは混乱しながら逃げるしかなかった。

はじめ疑心暗鬼だった劉備軍の関羽、張飛、趙雲などの豪傑将軍たちもあらためて、徐庶の才覚の唯ならざることを知った。

曹仁は怒って3万の全軍で劉備を攻めた。
2千対3万~劉備をはじめ将軍たちはさすがにうろたえた。
ところが徐庶は冷静に、各将軍に策を与えた。

劉備軍の先鋒は趙雲、曹仁軍の先鋒は李典。
両軍は最初 互角に戦っていたが、趙雲は単騎で敵軍の中に深く入り込み李典を見つける。
二人は一騎打ちをするが、そのうち李典は敵わないと逃げ出す。
趙雲はそれを執拗に追いかけ、李典をわざと逃げ回わらせる。
そのため李典の軍兵たちは混乱した。

そこで曹仁は陣を立て直し、八門金鎖(はちもんきんさ)という陣形をとった。
「これが兵法だ。どうだ」曹仁は得意だった。
ところがそんな生かじりの兵法など、徐庶の敵ではない。
彼は冷徹に敵陣形を分析。
弱点を見つけ出し、そこだけ趙雲に攻めさせた。
八門金鎖の陣はあっという間に総崩れとなった。
すかさず待機していた残りの劉備軍が攻めかかりトドメを刺す。

このままナメられてはいられない~曹仁は捨て身の夜討ちをかけた。
ところが敵兵は一人もおらず、辺りから火の手が上がり矢を放たれる始末。

またもや徐庶にしてやられた曹仁は、とりあえず城に帰ることにした。
しかし川を渡るところに張飛が潜んでいた。
ほうほうの体で何とか城門にたどり着くも、そこはなんと関羽に占領されていたのだった。
・・・・・
水鏡門下生の面目躍如。
彼らは兵法の古典を熟知していただけではない。
それを実戦に応用することができていた。
軍事は形のないテクノロジーなのだ。

とか何とか言っている内に、ずいぶん長くなってしまった。
残りは次回以降とさせて頂こう。

6,7

三国志ベストシーン(2)

思い入れが強いからか、ベストシーンを簡単に語れない。
ということで、今回は、「臥龍」孔明と並び称された天才、「鳳雛」ことホウ統を題材にしたい。
三国志ファンでホウ統のファンという人は多いんじゃないかな。
・・・・・
天才的頭脳を持ちながら、若過ぎる死。
享年36…(-.-;)
それも事半ばの無念の死。
しかも流れ矢に当たった非業の死。
ブサ面だからか吉川英治の扱いもぞんざいで、ファンは悔しくてならない。

いよいよ時は今。
ホウ統は蜀征伐の総司令官となった。
ところが帯同する劉備に、孔明からの書簡が届く。
それは孔明が「天文を見ると凶事の兆しがあり、今は蜀征伐の時ではない」という進言だった。

ホウ統は孔明の提案に異を唱え、進軍を強行した。
そして敵軍のワナにはまり、命を落とす…というシナリオに繋がっていく。

戦争という命を賭けた最前線の現場。
確かにその指揮官は常に、この統帥権を巡るエントロピーに支配される。

新田次郎『八甲田山死の彷徨』にもそれが描かれている。
朝鮮戦争時のトルーマン大統領と司令官マッカーサーもそうだ。

それを前提に多くの人が指摘しているように、これはホウ統の孔明にたいする嫉妬なのか。

私はそれは否定しないが、そればかりではないと思っている。

天才鬼才を鼻にかけ傍若無人でありながら実は、他人の心の機微に敏い。
水鏡先生の門下生は皆そうなのだ。
始祖孫武やその後継者・孫ピンがそうであったように、決して彼らは単純な兵法理論家、実践家ではない。
根が愛の人なのだ。

孔明の占いはおそらく正しい。
ホウ統にはそれが分かっていた。
それでも今は、天に盾突くことが必要だと考えた。
孔明の唱える天下三分の計は、どだい無理を承知で押し通さねばならない。
犠牲が要る~それは劉備か、さもなくば自分だ。

ホウ統は人知れず苦悶し、運命の淵に身を投げ出していく。
彼は軍を二手に分け、一方を劉備、もう一方を自らが率いた。
そして劉備の白い馬に跨がり出発した。
敵軍にそれと分かるようにしたのだった。
・・・・・
忘れられないシーンである。

8,9

三国志ベストシーン(3)

三国志だけで3回。
雑文だがこれほど書ける題材はない。
さすが史上最大のコンテンツと言われるだけのことはある。

と、持ち上げといて(3)はビッグネーム曹操についてだ。
というか、人間の魅力についてである。
そもそも三国志は後漢末期、黄巾賊で麻のごとく乱れた時代の群像劇。
細かいところを問わなければ、ほぼ実話なのだ。
・・・・・
ここに何進という優柔不断の人がいた。
もともと屠殺を業としていたが、妹が皇帝に嫁いだ縁で大将軍という地位にあった。
彼は宦官(十常侍)粛清を企て、諸侯へ向けて檄を飛ばした。
ところがバレて逆に殺されてしまう。
そこに駆けつけた袁紹が、宦官たちを皆殺し。
朝廷の権威が堕ちたことを象徴していた。

ここから三国志というパンドラの箱が開かれる。
何進の檄文に呼応した董卓が洛陽に上洛。
少帝弁を廃して献帝協を立て、朝廷を牛耳った。
この董卓は呂布とは違った意味で、曹操の才を愛していた。
ところが曹操は何かイケ好かないというだけの理由で、董卓を疎ましく思う。
そこで暗殺を企てるが失敗、洛陽から脱出した。

この逃亡に際し曹操は、呂伯奢一家全員の殺害事件を起こす。
呂は曹操の父の友人。
そこにほうほうの体で身を寄せたのだった。
親切な呂は酒を求めて外出。
曹操はホッとしたのもつかの間、耳を澄ますと、呂の息子たち家人が騒がしい。
曹操のために猪を料理しようと、包丁を研いでいたのだ。
その音を、曹操は自分を殺すためと勘違い。
家中の8名を殺してしまう。

そこに酒を買って帰ってきた呂とバッタリ。
何事もなかったように取り繕い、油断させておいて、呂も殺害。

またもや逃げる羽目に。
ところがしばらく行ってから、曹操は呂のところに酒と肉を置き去りにしたことを思い出す。
「おれもずいぶん慌てたものだ」と、悔やむ。
・・・・・
吉川英治はそうして曹操を登場させるが、曹操の魅力は尽きない。
また、映画スターウォーズで表わされたダークサイドとは大いに異なる。

だいたい屈折していない。
人間くささがプンプンしている、彼の詩魂もいい感じだ。

10,11

創造性の高さ

私たちを取り巻く社会変化・環境変化は、とうぜん私たちにも変化を求めている。
その意味で業容の大・小を問わず経営者は、古いものを廃棄し新しいものを入れ替える、選択眼と実行力が必要だ。

結局商品にしろ、サービスにしろ、ソフトが売り物。
例えば東京ディズニーランドは、形はあるが、ソフトそのものだ。
こういうのは、社会が一変しようと強い。

つまり勝ち残る経営というのは、創造性の高いものを生み出していける経営のことだ。

地方のテーマパークのように、建築費を掛けた巨大な遊具がただ沢山あるというだけでは、客が飽きたら終わりだ。
また、マーケティングやプロモーションに凝りすぎて、客を置き去りにしているかも知れない。

次回以降、このあたりを掘り下げてみよう。

12

創造的であるためには

創造とは昨日まではなかったものをつくることだ。
そして経営者とは時間を自由に使える反面、結果を出さねばならない役目。
昨日までとは異なるものを生み出さんとして苦悩し、結果を出さんと七転八倒するのだ。

組織のトップだからとうぜん、自惚れもある。
プライドもある。
私はこれを否定はしない。
むしろ自画自賛して事に当たらねば、途中でめげてしまうだろう。

だからといって、他人の言うことをぜんぜん聞かないというのではダメだ。
部下の言うこと。
他の経営者の言うこと。
奥さんや子供たちの言うこと。
受け入れてその通り実施するかどうかは別だが、ちゃんと聞くことができるか。
これは大きい。

自分がすべて正しいとは思わないが、どうしても素直になれない。
褒められない。
認めることかできない。
感謝できない。
分かっているけど、顔の表情が強張ってしまう。
声が掛けられない。

そんな風に、もうすでにお山の大将的自己を崩せないと自覚されているなら、やることはただひとつ。

勉強することだ。

13

市場原理にあるもの

市場原理。
この言葉が使われるとき、それは会社が潰れるとき。
市場から淘汰されるときだ。

貴族社会が武家に取って替わられる。
T型フォードがGMに駆逐される。
そしてトヨタ生産方式による嗜好を満足させる時代に。

オーディオがウォークマンに。ウォークマンがiPodに。
これなど、機器性能の良し悪しではない。
iPodを仲介とした文化が攻めてきたのだ。
黒船だ。

ウォークマンのような時代の寵児ですら、その在り方が仇になるのだ。
淘汰される側は言うだろう。
「天は我らを見放した」と。
ところがそれは大間違いである。
天がこれを司っているのだ。
残念だが世の中の役に立たなくなったものは、存在を許されない。

それは努力の方向、ヒトモノカネといった経営資源の使い道、それが間違っているということを示している。

だからイノベーションなくては、どうしたって生き残れない。・・・・・
イノベーションをやるにはまず、ごそっと棄てよ。~ピータードラッカー

14

デフレ時代の生き方

デフレ時代である。
この辺りの講釈は世の先生方にお任せするとして、私たち企業人はどうしたら良いか。
くどくなると嫌われるので、さらりと述べたい。

まずは借金をしないことだ。
銀行などから借りたお金で、直接社員の給料に充てたりしていたらかなり病が進んでいると思わねばならない。

それから、手形に頼らず、キャッシュフローが見えるようにしておくこと。
手形は「入」も「出」もご法度だ。

その上で、「入」と「出」をデフレに合わせて見直す。
ここでお大尽ぶるのは止めよう。

もっと大事なこと。
それはセールスをすることだ。
やってます、と言うだろう。~問題は内容だ。
メーカーならば代理店・販社・委託販売をせずに、消費者にできるだけ近いところに直接、販売することだ。
中抜きさえなければ、利益を確保できよう。

そういうセールスをすることだ。
提携先の社長さんや部長さんとゴルフに行ったり、同業の知り合いと喫茶店で冷たいコーヒーを飲んだり。~それでは核心を掴めない。

経営トップみずからがセールスで汗をかくことだ。
これはマインドを変えれば、今日からできるのだ。

冷や汗をかいたり。
悔し涙をながしたり。
従業員になんと見られているかとドギマギしたり。

いやーいいね!
デフレ時代、不況期~今この時にしかできないことをやろう。

15

大きな仕事を為すには

今回はリーダーのあるべき姿を論じたい。
ドラッカーが指摘したようにリーダーとは、意思決定をする人のことだ。
大局観に基づいた大胆不敵なものも、細々とした事柄も、決める時はピシッと決める。
ただし単なる思い付きや勘は排除すべきだ。

ではどうしたら良いか。

まずは考えられる手をザーッと書いてみることだ。
それからその手の一つひとつにどんな枝葉があるのか。
これも書き出してみよう。
そしてヒトモノカネという経営資源をどの程度必要としているのか。
時間はどうか。
情報の正確性はどうか。
各員の能力はどうか。
とくにトップの能力はどうか。
課題と解決策、そこから生じた枝葉を行ったり来たりしながら詰める。

それから会議に諮る。
ここでの他者の反応とそれへの対応も大事だ。
要は反対意見を克服する、その一点にあるのだ。
つまり、説得力だ。
次に阻害要因の見極め。
思いきった切り捨て。

そして胆力~組織としてどうするか、出口が見えてくるまで、そうした時間に堪えよ。
この資質も大きい。

実行段階に入っても、成果がなかなか出ないこともあるだろう。
そんな時もかすかな光を見るまで、決定したことを天の意志と信じて待つ~リーダーとはそういう人だ。

それから最後に、リーダーに敢然と立ち塞がった反対者もまた、隠れたリーダーと言えるだろう。
感謝の缶コーヒーをおごっておくことも忘れてはならない。

次回は実践編を述べたい。

16

大きな仕事を為す極意

表題だけでオーッとなった御仁には申し訳ない。
私じしん、まだまだ勉強半ばなのである。
それでも明言した建て前、纏めてみたいと思う。
できるだけ矛先をブラさずに行くことにする。

まずはこれから実行しようとするプロジェクトあるいは戦いが、短時間で終わるのか長期に及ぶのか。それを掴んでいるかが大きい。
短期勝負なのに組織体制を建て直したりして時間を無駄に使ったり、長期間じっくり戦うべき所なのに早々に砲弾を打ち尽くしてはならない。

こう書くと誰も誤らないのに、実際の現場は混乱しっ放しだ。
だから、現況を「書き出す」という行為は必要。

それから、長時間戦いを継続するというのはいわゆる消耗戦だから、財務あるいは物流のエキスパート無しには危険だ。
幕僚にそのようなメンバーが在籍しているかは大きい。

組織の兵力、財力が劣るなら、やることは明確。
短期かつ局地戦に持ち込むこと。
間違っても、総当たり戦とか篭城とかしてはならない。
狭いエリア、あるいはまだ未開発の小さいマーケットに兵力を集中することで、勝機を生むことができるからだ。
それは小さい戦力でも、速さ・スピードで勝てるということなのだ。
E=mc二乗
確か前々回だかに三国志のことを書いたが、徐庶が曹仁を相手に2千対3万の絶体絶命を逆転した戦いを思い出して欲しい。

要するに敵の兵力を分断し、各個撃破で戦うことだ。
あとは死に物狂いで戦うしかあるまい。

とは言えそういう状況にありながら、ちっとも死に物狂いになれないというなら、マインドに問題があるかも知れない。
まあ、ひょっとしたらそっちの方が、極意と言えるかも知れないが、長くなるのでまた違う機会に。。

17

白紙にしてみる

若い人、特に女性がビジネスの世界でも、台頭しつつある。
無視をせず、色眼鏡をかけず、戦力の一員として見ることができるか?
若い女性相手にしても、自然に対処できるか。
とても冷静にはできていないハズ。それは何故か?
そしてふつう私たちは何か、思考の元になるものを持っている。
何かに照らし合わせせて、ものを見ている。

「白紙にする」というのは、そういう価値観やものの見方を、いったん削除してしまうこと。
とはいえ、おそらくそれは達人のみが到達する神様の境地。

しかし、諦めること勿れ。
私たちは知らず知らずに、その境地を求めて止まない。

例えば今流行りの断・捨・離。
滝行。
センチメンタル・ジャーニー。

現代社会の喧騒から離れ、携帯、テレビ、新聞からの情報を一切遮断する。
私たちが獲得したいのはこの、「白紙にする」ということなのだろう。
金、色、名誉に、出世。自尊心に、嫉妬心。静かにしていると最初の内は会社や家の細かい事が去来する。それらとも別れたいと思っている。

夏休み。
家族サービスも大事だが、自分にも時間を取ってあげると良いのではないだろうか。

18

温故知新

温故知新~そんなに昔でなくてもよい。
今年の前半の雑誌とかで充分。

もう一度読み返してみよう。
かならず見逃しているものがある。

さらにこの10年。
手帳やノート。手元にあるもので、振り返ってみよう。

自分の行動や思考の形跡をたどると、その時には感じていなかった一本の線が見えてくるだろう。

眠たくなったら横になればいい。
目が覚めたら、シャワーを浴びてまたしばらく、心の中に去来するものを愉しむ。

純粋な自分を探す旅は、どこか遠くに行かなくても出来る。

19

組織力を高める

甲子園での球児たちの戦いを、テレビ観戦している。
同時刻にプロ野球もやっており、イニングごとにあっちを見たり、こっちを見たりして、過ごしている。

野球というのは最初は、何か具体的な目標をもって始めるものではない。
キャッチボールが長く続けられたり、バットにボールが当たったり。
それだけで、嬉しくてしょうがなかったりしたものだ。
ところが大きくなるに従い、それだけでは済まなくなってくる。

とくだん甲子園に出場する球児など、学童野球の頃からひとかどの選手も多かったに違いあるまい。
そうなると高校野球の監督とか、主将とかには、何か別の要素が必要だ。
単純に練習メニューを考えたり、頑張れとか言って鼓舞しているだけでは、他のチームとの競争力がなくなる。
プロ野球の監督に至っては、クセのある選手たちをどの様に活かすか、その一点であろう。

球速とコントロールのあるピッチャーや、長打力のあるバッターばかりを揃えても、勝ち続けることはできない。
一般企業に於いても専門家の寄せ集め集団ほど、厄介なものはない。

よく言われる事であるが、ホリエモンのライブドア破綻。
コンピュータのエンジニア、税理士、証券マン、M&Aのプロ。
とにかく必要だと思われる人材を集めてみても、失敗する。
それは何故か。

マネージャーが居ないのだ。
というか、マネージャーが育っていないからだ。
軍隊でいえば、参謀。軍師。
戦略を練り、戦術を開発し、現場の第一線で実践し、さらに作戦を立て直す。
そして何万もの軍隊を死線を越えさせるに、何らの躊躇を挟ませないまで訓練する者。

さて次回は、参謀の見つけ方についてお話ししよう。

20

参謀の見つけ方、育ち方

参謀は誰にでもなれる可能性がある。
しかし誰でもがなれる訳ではない。
上からの強力な引き上げと、本人の気の遠くなる程の努力が要る。
時代を動かすほどの参謀・国師くらいになると、運も大きい。

参謀にもっとも求められる力は、コーディネート(調整)する力だ。
これは後天的なものだ。
じっさい経験だけが頼り。
人間関係の機微も会得していなくてはならない。
信頼しあい、尊敬しあう関係。
それが死線をくぐらせる。
兵学は兵の配置や戦術だけではないのだ。

世を動かすリーダーや大創業者は幼少期より辛酸を舐めたという。
彼らがのし上がって来たのは人一倍の反骨心だし、彼らを成功に導いたのは創造性あるアイディアのひらめきだ。

ところが参謀は、実務経験を地道に積み重ねた末にたどり着く、一種の境地。
言わば修行僧だ。
孫武その人からして、そうだ。

臥龍・諸葛孔明もだ。
彼は決して軍事のみに秀でている訳ではない。
天下三分の計を唱えて超然としていた訳ではない。
新野で劉備に三顧の礼をもって迎え入れられた後、軍幕の内で八卦をしていた訳ではない。
彼は真摯に努力して、財務とロジスティクスに関して神の域に達した者なのだ。

となると、孔明のそうした性質を見抜いた劉備こそ、天才と褒むべきか。
そもそも劉備が即戦力だけを狙って人材確保をしていたら、孔明と出逢うことはなかった。
間違っても曹操のように、徐庶が欲しいとか関羽が欲しいとかは言わない。
そして未熟者の唱える天下三分の計を受け入れ、みずから熱き信奉者となり、義兄弟の契りを交わした者でさえ惜しまず最前線に投入した。
後世の私たちは彼らの物語に、胸を躍らせることとなった。
その点で劉備は10年後の人事を見据えた人材を発掘していた。
みずからは幾分かの暗愚を演じることで、彼らの台頭を待った。

その意をくんだ孔明の努力は、並大抵のものではない。
蜀漢の政治、経済行政の粗を埋めるべく、実学を一から学んだのだろう。
そんな夜を徹した勉強も、孔明は楽しくて嬉しくて仕方がなかったのだ。
「出師の表」は亡き主君に対する感謝の言葉に満ちている。
五丈原に没するまで彼の祈りのような、勉学の努力は続いた。

そう言えば、もしドラのみなみちゃんも、真摯さという言葉に心を打たれていたな。
参謀は育てるのではない。
みずから育つのだ。

それにしてもまたもや、三国志を語ってしまった。( ̄◇ ̄;)

21,22

参謀の仕事とは

どうもブログという気軽さから、横道にそれる傾向があるようだ。
と、思いながら、今日も一気に書いてしまおう。

参謀はもともと、任じられる分野やポジションがある訳ではない。
未経験あるいは不得意、もしくは意にそぐわない部署に配置されることがあるだろう。
それでもそれを甘んじて受け入れ、そこに魂を打ち込める人。
そして数年後には、その分野で驚くべき成果をあげる人がいる。

器用というのではない。
モノごとの核心を捉えるのが上手いからだ。
それはどんなものからも学ぼうという心掛け。
そしてどんなにつまらない小さなことであっても、何か意味が隠されていると思うこと。これは大きい。

要するに参謀の技術とは、最小限の経営資源投入で最大の成果を出す技術。
いわば冷蔵庫の中の有りもので、一流の料理をつくるのと同じだ。
一流の料理とは、一流のレストランみたいな料理という訳ではない。
昨晩の残りモノでも構わない。
食材の持つその価値を見い出し、かつ、食べる相手に合わせることができるということだ。

黒田官兵衛は本能寺の変の第一報を聞いて、秀吉に大返しを献策したという。
天下取りの流れが官兵衛には見えていた。
それは真っ先に光秀を討った者に、天下取りの権利を与えんとする天の意思だ。
そのために何をどう手を打つべきか、彼の脳細胞は異分野で培ってきたシナプスを結合させていた。
山崎で明智軍と向き合ったとき、官兵衛にはひとまず仕事が終わったと感じていただろう。
いや彼は九州攻めに必要な軍費調達のこと等を考えて、ぼんやりしていたに違いない。

23

日本軍学の系譜

平安末期、鬼一法眼という人がいた。
伊予の生まれであったが京にのぼり、陰陽博士安倍某の許で学び、陰陽師となった。
そもそも陰陽道は中国伝来の軍略・兵法を根源としていたため、鬼一はその神髄を求めた。
鞍馬寺に大江家伝来の兵法書があると聞き付け、何度も頼み込んでこれを閲覧した。

この鬼一の許に足繁く通い相伝を得た者がいる。
源義経である。
“虎の巻”とはこのとき、義経が鬼一より授かった『六韜』の一節を指している。

これは実は、時の権力者によって長年封印されてきた、禁断のテクノロジーが世に解き放たれたのを意味している。
兵法を用いるとその結果どうなるかは、源平の戦いで実証された。
義経が最も得意としたのは、小が大を呑む戦略・戦術である。
一乗谷、屋島の戦いに表れているように、敵軍をわざと要害の地に誘い込み、安心させておいて、奇襲で叩いたのだ。

義経が徹底したのは完膚なきまでに殲滅をしようとせず、必ず逃げ道を用意していたところだ。
あくまで軍事は政治の一端であるという、開祖・孫武の教えに忠実であった。
このあたり、生粋の政治家である頼朝とは考え方が異なるところで面白い。

さて鬼一義経の流れは、南北朝時代の楠木正成、山本勘助、真田三代、竹中半兵衛、山鹿素行と繋がっていく大河となった。
日本史を陰で支えたのは、彼らが脈々と伝え、工夫に工夫を重ねたテクノロジーであったのだ。

そうしてこの流れは、武田信玄を経て徳川家康によって完成される。
ブッダ・釈尊の教えが遠く日本で、日蓮や親鸞として実を結んだように。

家康は甲州流軍学をことのほか、厚く保護した。
かつて三方ヶ原の戦いで家康は信玄と正面衝突し、散々な目に遭っていたからだ。
このとき家康は、騎馬したまま脱糞してしまうという逸話を残す。

信玄亡き後、織田信長との協力で武田家を滅亡させた家康は、すぐさま甲斐に進駐。
旧武田家の遺臣たちを、次々に採用した。
このスカウト大作戦に乗ってこなかったのが真田家で、家康は大いに悔恨した。
軍学を修めた者がどれほど怖い存在か、後日、関ヶ原、大阪の陣と、家康は何度も苦水を飲まされるハメになった。

それでも家康は苦難に耐え、偉大なる先達曹操、天才信長すら成し遂げられなかった、軍学による統治を完成させた。

24

自己暗示

加来耕三氏の著書にこういう逸話が紹介されている。
・・・・・
剣豪・宮本武蔵のもとに、ある日一人の少年が訪ねてきた。
父親の仇討ちを成し遂げたいという。
しかし相手は名うての剣の遣い手。
しかも、明日がその日。
少年は武蔵に、何とぞ必勝の太刀筋をご伝授願いたいと頼んだ。

武蔵は快諾し、少年に二天一流を教える。

「まず左手の小太刀で相手の第一刀を受け、すかさず右の太刀で相手の胸を突く。
これが二刀流の太刀筋だ。
ところが相手も剣の達人なら、それを読み切っているに違いあるまい。
そのためには、立会いに際し、相手に構えさす時間を与えず、まっしぐらに突進しろ。
仇は慌てて力無い第一刀を振ってくるだろう。
それを左手の小太刀で受け、右手の太刀で突く。
勝負は一瞬だ!」

この動作を武蔵は自ら手を取り、少年に教えた。
そして別れ際にこう付け加えた。
「この太刀筋を信じよ。これは摩利支天から教わったものなのだ」

翌日少年が、見事本懐を遂げたことは言うまでもない。

25

急所を蹴り上げる

作戦とはいわば敵と出くわすまでの道すじのことだ。
だから、作戦だけでは勝利を収められない。
では、どうしたら戦闘に勝つのだろうか。
このあたり前のことを研究した者は少ない。

第二次世界大戦に活躍した米国陸軍ジョージ・S・パットン将軍という人物をご存知だろうか。
彼こそはそんなことを真剣に追求した稀有の人だった。

彼の作り出した攻撃方法とは
『敵の鼻面に一発お見舞いし、急所を蹴り上げてやれ!』
ということだ。
敵が接近してきたら、まず敵の正面に砲弾をぶっ放す。
敵がひるんでいるスキに、自軍の大半を敵の側面に展開包囲、袋のネズミにし一斉に集中砲火を浴びせる。

カリフォルニアにある砂漠の訓練所では、こんな猫ダマしみたいな演習が何度も繰り返された。

くだらないかけ引きは無しだ。
先手必勝なのだ。

ここにはいくつかの重要な教訓が含まれている。
ひとつは、この指示の表現が実にシンプルでかつユーモラスだということ。
そして、戦闘だとか殺し合いだとかという極限状態においては、頭でなく、身体が勝手に行動するようにしておくこと。
さらに、そうすることによってこれが勝つパターンなのだと信じ込ませること。
隊のすみずみにその気運を植え付けること。

そして彼は、何より自分に言い聞かせていた。
これは神より授かった英知なのだと。

このあたり前回の、「自己暗示」と酷似している。
要するに成果を上げる人というのは、敬けんでシンプルなのだ。

26

パットン将軍について

前回に書いたパットン将軍に関する一文に対し、多くの方から補足説明を望む声が寄せられた。
とくにジョージ・S・パットンその人にたいする関心が高いようだ。

彼は確かに類まれなリーダーだった。
第二次世界対戦末期に、米国陸軍第三軍の指揮官に就任。
それ以後ドイツ降服にいたる9ヶ月間に、フランス、ルクセンブルグ、ベルギー、ドイツ、チェコスロバキア、オーストリアに及ぶ推定31万平方キロ、12000の都市をナチスドイツの占領から奪還もしくは解放した。
これはヨーロッパの実に7割に相当する。
敵軍の捕虜・死亡・負傷のいわゆる損失兵力は延べ145万人。
自軍のそれはわずかに17万人であった。

要するにパットンが率いたチームは、歴史上最も早く最も遠くまで進攻し、かつごくわずかな損失で最も多大な成果を上げた軍隊だった。

今日でも第三軍(最大時に47万人)以上の人員構成の組織は、わずかにゼネラルモータース、ウォールマートストアー、ペプシコインクだけだ。
パットンは急ごしらえされた数十万人の組織の指揮官として、いかにして無敵の軍団をこしらえ得たのか。

どんなマネジメント手法があったのか。
その言動から探索してみよう。

27

私に続け!

パットンは1909年、ウェストポイント陸軍士官学校を卒業した。
とうぜん筋金入りのキャリア軍人と思われがちだが、どちらかというと実戦経験は極めて少なく、大半を文官として過ごした。

日本による真珠湾攻撃を知ってすぐに戦闘に参加したいと願い出たが許されず、カリフォルニアの砂漠訓練所の所長となった。
その頃北アフリカにおいて米国陸軍は、ドイツの知将ロンメル率いる戦車部隊との対戦でいくども大敗を喫していた。

パットンは訓練所に着任するやいなや、訓練所にいる全員、訓練兵や教官、それに厨房スタッフまで集合させた。
「全員に告ぐ。いいか。これからひとり残らず、フル装備で1マイル(1.6㌔)を15分で走る。
ライフルも持ってだ。
いいな、この隊全員だ!将校とか下士官とかの区別はない。
全員1マイル!
私に続け!」
と言ってみずから先頭になって走り出した。

このようにして砂漠に耐えうる戦闘員の養成をスタートさせた。

リーダーは率先垂範。
模範を示すものだ。

そしてリーダーはメンバーに対してつねに、組織のミッションは何かということを問い続ける。

頭が良いか悪いかなど、まったく関係ない。
経験があるかどうかも関係ない。
あるのは、ミッションにたいする忠誠と、成果にたいする恐ろしいほどの執念だ。

28

自らの危険をかえりみない

パットン将軍は小さな部隊を指揮するときでも、数十万人規模の大部隊を率いるときでも、劣悪な条件に挑み、常識では不可能と思われるような過酷な目標をいくつも乗り越えた。

第一次大戦に若干29歳の大佐として、米国で初めて戦車隊を率いて戦闘に参加した。
戦車は戦場を進む際に敵に威圧感を与え、人の運び得る機関銃に比べ圧倒的な火力を持っていたが、外がよく見えないという重大な欠点を抱えていた。
この欠点を補うためパットンはなんと、歩兵に戦車を援護させつつ部隊を進める方法を思いついた。
彼自身、先頭に立って戦車を誘導していて負傷した。

そうした犠牲を彼は進んで引き受けた。
リーダーはまず自分が最前線に出て引率するものだ。
自ら危険を冒して初めて、部下たちに危険を求められる。

-それが信条だった。

後年シシリー島での戦いのとき、部下の大佐を呼んで今すぐこの地点から川を渡れと指示した。

ところがその部下は水深が不明なため、台船を使って浮き桟橋をつくる策を進言した。
すると、「俺のズボンを見ろ。水深はここまでなのだ」と言った。
すでにパットン将軍は、自らその川を歩いて渡ってきていたのだった。

実はパットンの率いる米軍はパレルモを解放し、その責務を果たしていた。
ところが彼はそれに満足せず、モントゴメリー指揮の英軍が目指すメッシナを先に占領しようとして急いでいた。

とうぜん鼻をあかしてやろうという気持ちもあったろう。

しかしパットンは感じていた。
ほんとうの敵は慢心だと。
上手く行っていると見えている中で、「さあ、メッシナを盗るぞ」と、みんなが嫌がるようなことを平然と言ってのける者。
それがリーダーなのだ。

29

挫折からの立ち直りの早さ

ここ数回米国陸軍パットン将軍のことを書いているが、正直それほど詳しい訳ではない。
彼を題材にした映画『パットン大戦車軍団』というDVDを持っており、それを見たに過ぎない。

とはいえ、この映画は戦争映画であると同時に、人間ドラマである。
そして、人生の示唆に富んだビジネスバイブルでもある。
ぜひ、心ある人に観てもらいたいが、みなさんお忙しいだろうから、エッセンスをお伝えしているのだ。
なお、同映画は1970年度のアカデミー賞で、作品賞をはじめとする7部門を受賞した名作でもある。
・・・・・
さて連合国軍はノルマンディー上陸を果たした。
ところが、フランスの要所を占めるナチスドイツ軍を攻めあぐんでいた。

この時期、パットンは、前年のシシリー島上陸作戦において総司令部からの命令を無視してパルレモという町を勝手に攻略したり、神経衰弱で休養していた兵士をぶん殴ったりした、その責任を問われ閑職に左遷されていた。
実際、ノルマンディー上陸作戦が敢行された時は、カレーでおとり役をやらされた。

そこで心機一転、かつての部下であるが今では全軍を任されているブラッドリー大将を訪ね、頭を下げて乞うた。
自分に陸軍第三部隊の指揮官をやらせて欲しいと。

映画の冒頭のシーン。
スクリーンいっぱいに拡がる星条旗をバックに、叱咤激励の演説を行うパットン。
ついこのあいだまで干されていたことなど微塵も見せず、59歳の頑固おやじの面魂をまざまざと映し出している。
脚本はフランシス・F・コッポラ。
ただしこの5分間にも渡る長セリフは、従軍記者ジョージ・フォーティの筆記録をそのまま使っている。
演じるのは老練の俳優ジョージ・C・スコット。

次回はクレーム覚悟で、演説を掲載するぞ。
乞うご期待。

30

すべてが戦場なのだ

「いいか。貴様ら。
いままで、祖国のために死んで戦に勝った者はいない。
戦勝とは、敵をそいつらの祖国のために死なせることによって得るものだ。
死に急ぐ野郎は、自軍に負けをもたらすだけだ・・・・」

この言葉・・・そのころユーラシア大陸の反対側で、神風特攻隊という名で死を美化していた、とある国のことを皮肉っている。
いったい戦死に何の価値があるだろうか。
俺たちは戦うため、そして敵を倒すためにここにいるのだから。

映画でも忠実に再現されているが、パットンは常に磨き上げたヘルメットを被り、きちんとアイロンを掛けたシャツにネクタイをしっかり締めていた。
それが彼の美学であり、生き方だった。

なぜ重い鋼鉄製のヘルメットをするのか。
頭を守るためだ。当たり前だ。
兵士を死闘に駆り立てても、死なせはしない。
何故か。
戦う兵士が減ると、勝利を得るのに時間が掛かるからだ。
替わりの兵隊の補充、訓練、消耗品の支給などに時間と経費が掛かるからだ。
戦争は金が掛かる。
だから、短時間に勝利を収めることが、指揮官の使命なのだ。

時間をたっぷり使って得た勝利などクソ食らえだ。

「実際の英雄は伝説に登場するような勇士ではない。
わが軍に属する貴様らひとりひとりが、今は、なくてはならない存在だ。
どんな小さな任務も全体の計画にとって必要だ。
すべての人が自分の任務をきっちり果たす。

銃砲を供給するには兵站部門が必要であり、食糧や被服を行き渡らせるためには補給係がいる。
食堂の係がお湯を沸かしてくれるから、私たちは下痢にならずにすむ。

アフリカ戦線で私が目にした最も勇気ある人物は、敵軍の激しい砲火のさなかに電柱にのぼっていた。
私は立ち止まって、こんな時に何をしているのか?と彼に尋ねた。
彼は答えた。

『電線の修理です、上官殿。こいつを何としてでも修理しなくてはならないのです』

彼こそ本当の兵士である。(中略)

わが軍に臆病者はいらない。
死を恐れる者に生は与えられない。
死を覚悟した者にのみ勝利は訪れるのだ。

いいか、貴様ら。
私の気持ちがわかるな。
喜んで、お前たち素晴らしき兵士を戦場に案内してやろう。
いつでも、どんな戦場でもだ」

こうして行動を開始した第三軍は破竹の勢いでドイツ軍を撃破、ベルリンに向かって進撃した。

31,32

逃げるな

追い詰められたドイツ軍は捨て身のバルジ作戦を敢行。
バストーニュという地に駐留していた米国第101空挺師団を取り囲んだ。
一個師団の人質を取られ、さすがの連合軍も手も足も出なくなってしまう。
急きょ全軍の将が召集され、作戦会議が行なわれるが、誰の口からもこれといった作戦が出てこない。

バストーニュというのは、ベルギー国境の山脈をいくつも越えた地であった。
本格的な冬の到来で、雪や寒さとも戦わねばならない。

パットンは人質を楯にするというナチスドイツが許せなかった。
そこで自ら志願し、転戦につぐ転戦で疲弊した第三軍を率いて出発する。

ほとんど不可能に思えることを命令しても、そしてそれが本当に重要な仕事であるならば、どんなに困難でどんなに辛い仕事であっても、部下はきっちりやり遂げるであろう。
パットンは自軍の部下たちを信じた。

そしてひそかに「神よ!雪を止めさせ給え。我らの正義を貫かせ給え。。」と祈りを捧げた。

これは戦争ではない。人間の心の弱さとの戦いだ。
真のリーダーとは、そして真の勝利とは、他の人のリーダーシップに火を付けることだ。

第三軍は不眠不休、ろくな食事も採らず100マイル(およそ160キロ)を2日間で行軍し、すぐさま戦闘体制にはいった。
そして、バルジの野望を撃破、救出作戦を成功させる。

この報を知らされたヒトラーは愛人と共にピストル自殺を遂げ、ドイツは降伏を余儀なくされた。
******
リーダーは例外なくリーダーシップを発揮すべき危機的状況に遭遇する。
それはリーダーが模範を示す時であり、けっして逃げてはならない。

33

軍人魂を継ぐ者

戦争術を学ぶ王道とは、偉大なる名将の作戦と行動と言葉を何度でも読み返すことである。
パットンは新しい戦争などないと考えていた。
歴史を知るとは、一再ならぬ先例を発見することだ。

独ロンメル軍と戦う時にはロンメルの著書を精読した。
北アフリカで対戦したその時には最前線で指揮するジープの中にまでその本を持ち込んだ。
イタリアを攻める時は自分をハンニバルになぞらえた。
ノルマンディーに渡る擬装資材輸送機の中では、ウィリアム公(11世紀)の冒険談を読んでいた。
・・・・・
さて時代は下り、朝鮮戦争においてウォーカー将軍は圧倒的な中国軍をはね返した。
ベトナム戦争においてエイブラムス将軍は、四面楚歌となった南越臨時政府を守り抜いた。
彼らは実はパットンと共にヨーロッパを駆け回った第三軍の将校だ。

またこのエイブラムス将軍の直弟子が、湾岸戦争で多国籍軍の総司令官となったノーマン・シュワルツコフ将軍である。
彼の考案した「砂漠の嵐」作戦は、こうだ。

ペルシャ湾に集結させた第7艦隊の空母からさかんに爆撃機を飛ばし、イラク南部の軍事施設を空襲。
この様子はテレビ中継され、作戦は飛行機で爆撃することを指しているかのごとく宣伝した。

イラク軍ばかりか世界中の目が、発射されたロケット弾が標的を射抜く映像にくぎ付けになっている、まさにその時。
サウジアラビアの国境に勢揃いしていた100万の陸軍に、首都バクダッドを急襲させた。
あまりの電光石火でCNNでさえ、何があったのか混乱した。

つまり、テレビで見ていた我々の急所まで蹴り上げたのだ。
ちょっと古臭いが、軍人魂は確かにあり、継がれている。

34

指揮官は指揮官を演じる

ドイツが降服し、パットンはドイツバイエルンに置かれた軍政府の長官に任命された。
日本におけるマッカーサーと同じ立場である。
ところが、彼はその臨時政府の要職に元ナチ党員を多く登用した。

「戦う相手を間違えていた。われわれの本当の敵はソ連だ。元ナチだろうが何だろうが能力のある者にドイツを統治させて、一刻もはやくソ連とケリをつけなければ、真の平和はほど遠い」。

そして広島長崎に原爆が投下されたことを知るや、
「おろかな事だ。それでは、敵を目の前にした焦りとか恐怖とか、それをのり越える勇気はどうなるのだ。もはや戦場はあり得ないのか」と嘆いた。

彼にとって戦場とは、人間が成長する場であった。魂を鍛える場であり、神聖なものだった。
とはいえ、この2つの発言でパットンは長官を罷免されたばかりか、第三軍の指揮官からも更迭された。
そしてその年の暮、自動車事故で重傷を負い、ほどなく帰らぬ人となった。60歳だった。
・・・・・・・
さて、こんな逸話も残っている~パットン将軍最後の大舞台である。

ナチスドイツの占領から解放されたばかりのパリ大劇場で、当時最大の人気と実力を備えた舞台女優リン・フォンタンがショーの終了後、カーテンコールに応えていた。
すると観客のひとりから「パットン将軍がいるぞ」と声があがった。

彼女は「パットン将軍。ぜひステージにお越しください」と呼びかけた。
すると客席の奥のほうから、ヘルメットを被った軍服姿の背の高い男が人びとの中から現われ、ステージ脇のステップを上ってきた。
それは紛れもない、パットンその人だった。

リンは「ひと言お願いします」とマイクを差し出した。
パットンはそれを制して舞台中央まで行くと、そこで被っていたヘルメットを脱いだ。
あまりの大歓声に天井が吹っ飛んでしまいそうになった。

パットンは脱いだヘルメットを脇に抱えながら、客席に向かって敬礼した。
そして何千年という間、ずっとそうしている石像のように敬礼を続けた・・・。

リンは後に語っている。
「彼はひと言も発しなかった。微笑みもなく、手を振りさえしなかった。それでも、あれは私の人生で最高の舞台でした」

パットンは見事にその役目を果たしたのだった。
ということで、私のブログも終了したい。ご愛読、感謝申し上げる。

35

空き倉庫プロモーション

先日ある人から、連絡があり、
「倉庫が空いてしまってこまっています。
もう、4ヶ月も空いています。
お客を付けるにはどうしたら良いでしょうか?」
という質問を受けた。

あまりに直球すぎてビックリしたわけだが、
私も物流コンサルの端くれ。
そりゃあ、応じない訳にはいかないでしょう!!!
確かに倉庫が空いてしまうと、収益が悪化する。
テナントが付いてさえいれば、安定した売上と、安定した利益が確保される。
ところが、中途解約されて、テナントが出て行ってしまったとすると・・・

とうぜん、収入がない。
それでも、ローンの支払いか、建物オーナーへの支払いだけは確実に毎月発生する。
簡単に言いますと、収入が無いのに払いがあるのだ。
依頼者の場合は、3000坪もの倉庫であった。
毎月1000万円以上の支払いがあったハズ。

4ヶ月も空いている訳ですから、ずばり、事業が破綻し掛かっていることだろう!
それではどうしたら良いのか~。

これは猛然と、売りまくるしかない。
普通はこんな事をするものだ。
□知り合いの不動屋さんに連絡する
□チラシを作ってばら撒く
□自社のホームページに載せる
□名刺をチョイスして電話をかけまくる
□内覧会を開催する
ですが、ただただ行動しても、なかなか、客は付かないだろう。
これは、倉庫ばかりでなく、収益マンションなどでも発生する、極めて深刻な事態。
とくに倉庫物件を、建物所有者から借りて転貸している場合など、サイアクである。
かく言う私も、前職で、この事態に苦労した。
というか、実は、私の実務歴25年間は、この問題を解決してきた25年であった。

さて、冒頭の依頼にたいし、あるアドバイスをし、みごとに2週間で契約に至った。
では、どんなアドバイスをしたのか?
私のホームページまで。。。ロジスティクス&ビジョンで検索

36

プロジェクトの不確実性

プロジェクトは不確実性が高い。
さまざまな方向から強いストレスを受ける。
前例が活かせない。経験が役に立たない。
プロジェクトリーダーは、プロジェクトがどんなリスクを抱えているかを知っていることだ。

優れたリーダーであればあるほど、進退窮まった現場を率いて、そこを脱出しなければならない時に必ず出くわす。
それはリーダーシップが磨かれる時。どうしたって逃れられない。なぜなら、それこそが運命が展開していく姿だからだ。
プロジェクトは常に困難がつきものだ。
そして困難に対面していない組織は必ず衰退するだろう。

さて、プロジェクトチームは、重要なミッションを背負う。
・期間が限定されている
・実行ばかりに重きが置かれるものではない。むしろ準備段階で他を巻き込むことが重要なのだ
・チームメンバーがすべて優秀な専門家という訳ではない。むしろ、部署部署で余っている人物で構成される
・各論に入った途端に、費用のことがとやかく言われる
その準備とは成功を自ら確信するための行動のこと。
マーフィーの法則ではないが、「失敗の可能性のあるものは必ず失敗する」
逆をいえば、「成功するときは成功するべくして成功する」のだ。

完璧な計画は神であっても立てることはできまい。
だからといって、甘い見通しのままスタートすれば、メンバーを死の淵に歩ませることになるだろう。
仮説と検証は幾度も行われなければならない。それが確信になるまで。

プロジェクトマネジメントとは実は、自らの不信の曇りを払う仕事なのだ。

37

失敗を弁護する

失敗を免れることはできない。
それでも、困難であることは失敗の責任を免除する充分な理由にはなりえない。
ある人の曰く、プロジェクトの成果とは本当は、人間の成長のことだと。
だから、失敗もありえるという。
そして、組織におけるプロジェクトの成果とは、テクノロジーを得ることだと。
ゆえに決して、失敗を失敗で終わらせてはならない。

人という資源を消耗して、人の成長を手に入れる。
プロジェクトは因果なものだ。
カネという資源を大量に消費して、コンピテンシーを手に入れる。
コンピテンシーとは、成功に結びつく行動特性をモデル化することだ。
組織に必勝の戦術を得ようという試みだ。

それとは別に、ナレッジというのもある。
言葉は聞かれたこともあると思う。
プロジェクトメンバーが失敗体験や試行錯誤の末にたどり着いた暗黙知を、組織に還元し明示知とすること。
それがプロジェクトの本当の目的と言えるかもしれない。
だとしたら、100回200回の失敗を請けて立つ気概こそ、真のリーダーに必要なマインドセットであろう。

38

日記を書こう

日記を書こう
実際には、「プロジェクトリーダーとチームメンバーは、日誌をつけよう」だ。
プロジェクトは目的を達するのが総てではない、と語った。

そう、途中が大事なのだ。
うさぎとカメの競争を思い出してほしい。
途中が大事なのだ。
・遡って原因を求めるとき
・他のメンバーとの見かた、考え方の違いを明確にさせるとき
・スポンサーに報告するとき
「日誌にこうあります」と出所が明確な意見であれば、ステークホルダーたちを納得させることができる。

そもそも、企業参謀たるものの仕事は、記録することである。
従軍参謀はみな、首からペンをぶら下げていたのだ。
秋山真之もそうして、三笠に乗っていた。

39

セールスは創造だ

セールスとは創造だ。
最近になって、そう確信するようになった。
経営やコアビジネスを創造する前に、セールスを創造できなければ、企業はそもそも生き残れない。
その意味で、セールスに携わっている人はすべからく勉強することだ。
毎日忙しく動き廻り、ペコペコ頭を下げたり、丁々発止の交渉をしたり、お世辞を言ったりする中には実は、創造性がいっぱいだ。
・人前で話をする内容を考えたりすること。
・提案書を書くこと
・訪問先にアポをとること
訪問先といえば、そうそう。
そもそもどこに訪問したらいいのか。というか、それは何故なのか。
おそらく、訪問しやすい、アポの取りやすい相手ばかりを選んでいては、あなたの所属する企業は永く続かないだろう。
かといって、やたら野良犬みたいに突っかかっていても、エネルギーとやる気を消費するだけだ。
訪問先を決定するにも、考慮すべき理由が必要だ。
大義名分が必要ということだ。
企業目的とベクトルが一緒なのか、常に測り直しながら進むのも、セールスを担当している者のミッションなのだ。

40

創造的でありたければ何をすべきか

創造的でありたければ何をすべきか。それは勉強することだ。
すでに古くなり、価値の低下したものにしがみついていて、良いことなどまったく無い。
その停滞状態から脱却するには、新しい要素をどんどん取り入れることしかあるまい。
破壊と創造だ。
とくにあなたは私と同様、プライドが高いことでしょう。(笑)
もしそうなら、あるいはそれで失敗が多いかなと身に覚えのあるなら、私たちには自助努力しかないのだ。
具体的には、「勉強する」こと。
会議を山ほどしてもダメ。
キャンペーンを打ってもダメ。
過去の統計を分析しても、ダメな時はダメなのだ。
かつて一世を風靡した商品やサービスであっても、世の中の役に立っていないと判断されてしまえば、淘汰され、二度と浮かび上がることはできないということだ。
悲しいことだ。
他に市場のニーズを満たすものが、どんどん開発されているのだ。
取って代わられてしまった市場を取り戻すには、もっともっと新しいものを提案していくしかないでしょう。
今、私たちが行うと良い勉強は以下の通り。
・トヨタ生産方式
・福利
・近代史
・インターネットマーケティング
健闘を祈る。

41

“話す”ことの意味

アイデアを新たに生み出そうとするとき、案外有効なのが“話す”ことだ。
本や新聞を読んだり、テレビやネットを観たり調べたりというのもあるだろう。
人生の先輩や、その道の専門家に話を聞くというものあるだろう。
だが、私が推薦したいのは、“話す”ことである。
信じられないことだが、私でさえも人と何か話していると、自分の言葉に自分でハッとすることがある。
大いにある。
山岡宗八の描いた徳川家康がまさにそういう人物だった。
まあ、フィクションだから事実とは異なるかも知れないが。
三方ヶ原の戦いで大敗した家康は、クソをちびりながら帰還した。
彼が変わったのはそれからだ。
周りの人間と大いにしゃべるようになる。

それまでは、爪を噛み物思いに耽るような、自己内省型の人物だったのに、急に人間が変わったように外向きになる。
古参の家来や妾や子ども達と、相手をみつけては話してばかりの時間を過ごす。
天下を取る戦略も、外様を束ねる制度も、話をしながら生んでいる。
こんなこともあったそうだ。
天下統一をなし遂げた後、街中に体制批判をするビラがまかれたときの発言だ。
「放っておけ。それより書いてある内容が見たい。予のためになるものもあるだろう」

潜在意識の広大無辺の中から、世を治めるための言葉を取り出した瞬間だ。

42

目指そう!マイクロニッチ市場

経営にあっても、セールスの現場でも、捨てるべきものは捨てるという態度で臨むことだ。

アドバイスがあるとすれば、劣後順位で判断して、バッサリ切って捨てること。
経営資源を集中投下しないと、どんな大企業でも危ないのだ。

それにしても、どの市場に打って出るかを判断するのは難しい。
少なくても、既存のマスコミや一般的なITの中に市場はないだろう。
それはどうしても総花的になりがちな、マーケティングに対する警鐘だ。

ロバートブライは著書の中で、マイクロニッチ市場で第一人者になれと言っている。
マイクロニッチ市場とは、市場規模10万人の世界だ。
インターネットを使い、世界中にあるだろう見込み客の内、10万人だけを相手にするのだという。

実はこのインターネットマーケティングの世界では、ここ数年で、いくつかのコンセプトが編み出されている。
・フロントエンドとバックエンド、それにクロスセルとアップセル
・コンバージョン、あるいはライフタイムバリュー
・USP
・FREEとオプトイン
興味のある御仁はウィキペディアなどで、調べて欲しい。
かく云う私も勉強中だが、恐らくこんな手法かと思われる。

1.新規の顧客を、無料サンプルや無料サービスで獲得すること。
2.売れる売れないは別次元だ。彼らは、そういうウォンツを秘す見込み客を絞り込んでいるのだ。
何処かの時点で実際に商品を購入してくれるまで、拒絶されない限り何度でも提案していくこと。
そして実際に買って貰えたら、
3.すかさず、同等かワンランク上の商品も宣伝してみる。
4.納品後も手綱を緩めることなく、別の商品やサービスを提案する。
5.そんなことを繰り返しながら、会員制組織にゆるやかに組み込んでいく。

この10万人だけを相手に展開するマーケティング手法。
インターネットを使う使わないは別にして、かならず、あなたのビジネス構築に役立つと思う。

43

貿易立国の意地

製造業が危機に瀕していると報じられている。
テレビなど日本のお家芸的な家電製品は、今やあちこちで中国や韓国に敗れるあり様だ。
バレーボール女子ばかりの現象ではないのだ。

昨年度は1メーカーで何千億円もの貿易赤字を出した。
東日本大地震、電力不足、タイの洪水、信じられないほどの円高と、確かに外的要因は多々あるだろう。
しかし、バブル崩壊期に叫ばれていた、生産の海外シフトによる国内雇用の低減。
系列下請けの中小企業を安易に切って捨てた経緯が、どういう結果を招いたのか。
もう、誰もが認識しているハズだ。

と云うようなことが、今朝の産経新聞の論調として述べられている。
ここまではナルホドと思うが、政府や日銀に舵取りを期待するのは如何なものか。

もう、民間の1企業が粉骨砕身の努力をして独自に道を拓いていくしかないのでは。。
貿易立国の意地を見せるのは今だ。
ドラッカーが期待したように、ホンモノの、自由主義経済の扉を誰かが開けるときが来たのだ。

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ドラマ『家族のうた』で見えるもの

フジテレビ系で日曜夜9時から放映中の連続ドラマ、『家族のうた』が良い。
オダギリジョー演じる中年ロック歌手に、失ってしまったかつての青年時代の心が呼び覚まされている。

まあ、私のように密かに、毎週楽しみにしているファンもあるだろうとは思っていた。
私はとくだん、そんなことを意識することなどないが、連続ドラマ史上最低の視聴率ということで、急きょ打ち切られることになった。

騒動はその辺りから起き始めた。
(と言っても、実は少数意見なんだろうが。。)
テレビ局に抗議の手紙や、ネットの掲示板に書き込みが続いた。
しかもその言葉の熱いこと!

それに呼応するようにフジテレビのトップが会見で、「主役のキャラクター設定が良くなかった」と発言したものだから、もう、騒ぎの収拾がつかない。

前回だか前々回だかに、総人口10万人のマイクロニッチ市場を狙えと書いたが、この現象はまさにそんな様相を呈している。
視聴率3%をあなどってはならない。
全国で何百万人もが見ているというのもあるが、彼らはただのファンではない。

私のように少年の夢をもう一度みたいなファン。
コテコテのストーンズファン。
オダギリジョーの個性的な演技や斉藤和義の主題歌『月光』のファン。
低視聴率がかえって面白いと思って視ている、ちょいヒネたファン。
彼らは、“濃い”ファンなのだ。

レジスタンス性に目覚めた人びとほど、恐ろしいものはない。というか、面白いものはない。

次週は最終回となる。
ドラマの内容にも興味あるが、マイクロニッチ層の動向に興味津々だ。

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プロジェクトに秘められたもの

プロジェクトの難しいところは、ずばり、人と組織の問題に直面するところだろう。
ミッションはあるだろう。
たとえば、新しいITシステムを開発・稼働させるとか、
2か所ある物流センターを1か所に統合するとか、
人類を月に飛ばすとか。
ところが、隠れたミッションがある。
むしろその方が大きいのだ。
それは、その問題の多い人と組織を成長させるということだ。
この隠れたミッションを補完するために、人間はプロジェクトを止めない。
人類に課せられたミッションだから、誰も逃れることはできない。
人類を月に飛ばすという表向きのミッションで、アメリカはどれほどの進歩を実現したのだろう。
F1に挑戦しようとする企業もそうだ。
売上100億を突破させようとする中小企業もだ。
天下統一の野望に燃えた武将とその家臣団だって、人と組織の問題に直面してきたのだ。
町内会の花火大会だってそうだ。
・チーム全員で考えよ
・情報共有せよ
・共通認識、目的に対するベクトルを合わせよ
・リーダーシップをとれ
・マネジメントのレベルを上げよ
などなど、いまだかつて、誰も成し遂げた者はいない。

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WBSの魔力

プロジェクトマネジメントで計画を立てる際に用いられるものの一つに、WBS(Work Breakdown Structure)というものがある。
プロジェクト全体を細かい作業に分割した構成図で、「作業分割構成」「作業分解図」などともいう。

WBSを書くことがプロジェクトの出発点であるが、これさえ出来れば、もうプロジェクトも終わったも同然である。

さてテキストにはこうある。

まずプロジェクトの成果物をできるだけ細かい単位に分解していく。
その際、全体を大きな単位に分割してから、それぞれの部分についてより細かい単位に分割していき、階層的に並べ直していく。
成果物の細分化が終わったら、それぞれの部分を構成するのに必要な作業を考え、最下層に配置していく。
一連の作業のかたまりのことを「ワークパッケージ」と呼び、その構成要素こそがひとつひとつをアクティビティというのである。
WBSのそれぞれのワークパッケージに担当する人員を配置していけば、プロジェクトを遂行する組織図ができる。
ここまでを決めて実行し、状況を見ながら修正。ゴールをめざす。

たしかに、これが必勝の戦術であろうが、そうは問屋が卸さない。

そもそも、ふつうの人にはWBSは描けない。
KJ法とかで構成要素をベタ並べして、あとは全部、現場にお任せというのがふつうだ。

持ち場に配置して、朝9時にスタートしてみれば、結果はすぐ出る。
人間を並べただけでは機能しないから、お昼くらいには勝ち負けがはっきりする。
400年前の関ヶ原の戦いの西軍のように。。。

こうなってしまってから、プロマネが責任上、自ら陣頭指揮を執っても、ミイラ取りがミイラになるだけだ。

では、プロジェクトの現場で会おう!

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